東京大学教養学部卒業

雑記ABR
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『シロウト夫婦のきょうも畑日和』家庭菜園はじめました
金田妙
四六判、256ページ
休日は街へ出て、買い物や外食ばかり。そんな夫婦が、ある日突然農園を借りた!オシャレな菜園に憧れて失敗したり、できた野菜を動物に食われたり、次々と襲う大事件。そして畑は、二人の暮らしを180度変えていく――。
ゲラゲラ笑えて、心にしみる、こんな菜園エッセイ、はじめて! 菜園初心者は家庭菜園をしたくなり、経験者は「あるある!」と共感に浸ることまちがいなし。うねはなぜ作るの?などの、役立つ菜園豆知識つき。
目次
はじめに

畑を借りたが、どうしてよいやら。とりあえずクワを買いに行く
牛のアレと腐った葉っぱに大枚をはたく
これがあのエダマメ!? 初めて知る真実に仰天
20歳も上のおじさんと、おつき合いに四苦八苦
夫も親友もわかってくれない、私のオシャレ心
昼に起きる私が5時半に起きたら、思いがけないことがあった

人はそれを「キュウリ地獄」と呼ぶ
トウモロコシの収穫目前、「なんじゃこりゃあ!」な大事件
義母へのマウンティング中、驚きで言葉を失った
レレレのおじさんじゃあるまいし
おそらくあれが地獄というものだろう
好き放題チューチューされてはたまらない
そんな薄情なこと、できやしない

三国志好きな男と話すのは、ほんとうにつらい
男は全貌が見たいのだ
女はそれをがまんできない
妻が近所のさらし者になっても平気なの?
モノが腐ってうれしいなんて、人生で初めて
その美しさからは想像もつかない、奇怪な実体
.

はい、息んで! ひーひーふー! ひーひーふー!
あいつらを急性アルコール中毒にさせなくちゃ
穴、穴、穴、穴・・・・・・こんなの拷問だ!
安らかに眠りたまえ
出ていって! あなたがとても好きだから
そしてまた春
何がなんでも体でやりたい
ハーブがおしゃれだなんて、とんでもない誤解
早く出たからって、よく育つとは限らない
人生2度めの「囲みたい症候群」
なんという美しさ! どうしてお店で売らないの?
おわりに
金田妙(カナダタエ)
フリーライター。東京女子大学卒業。主に児童書に携わり、著書に『戦いで読む日本の歴史』『あしながてなが』『モケケパニック』(教育画劇)、『たのしいまちがいさがし2年生』『なぞときたんていゲームブック』(ポプラ社)、『戦国武将かるた』(あかね書房)、『ものづくり絵本どうやってできるの?』シリーズ(チャイルド本社)などがある。野菜作りの経験を生かし、『やさいの時間』(NHK出版)でも執筆中。

『医療崩壊 真犯人は誰だ』
鈴木亘
新書判、192ページ
「世界に冠たる日本の医療」などと、医療提供体制の充実ぶりを誇っていた我が国が、なぜ、世界的には「さざ波」程度の感染者数増加で、このように簡単に医療崩壊を起こしたのか、その謎に迫る。
7人の容疑者(原因の仮説)を挙げて、一つ一つ謎解き仕立てで話を進める。現在、国民の間では、なぜ、こんなに簡単に医療崩壊が起きたのか、一部の医療機関が頑張る中で、まったく何もしていない医療機関があるのはなぜなのか、医師会や専門家会議はなぜ、緊急事態宣言で経済をストップすることばかり提言するのかなど、医療提供体制への不信感が渦巻いている。まずはそれらへの疑問に答えるのが本書の目的である。
また、今後もしばらくウィズコロナの時代が続くので、パンデミック時の医療崩壊を防ぐためにどんな手立てがあるのか、アフターコロナ時代の平常時の医療をどのように改革すべきかという点も議論、政策提言を行う。
鈴木亘(スズキワタル)
一九七〇年、兵庫県に生まれる。専門は医療経済学、社会保障論、福祉経済学。医療経済学会理事・事務局長。上智大学経済学部卒業後、日本銀行入行。大阪大学大学院にて経済学博士号取得。日本経済研究センターなどを経て、現在、学習院大学経済学部教授。政府の行政改革推進会議委員を務めているほか、これまでも国家戦略特区ワーキンググループ委員、規制改革会議専門委員などを務めた。
著書に『健康政策の経済分析:レセプトデータによる評価と提言』(共著、東京大学出版会、日経経済図書文化賞)、『生活保護の経済分析』(共著、東京大学出版会、日経・経済図書文化賞)、『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』(東洋経済新報社)、『財政危機と社会保障』『社会保障亡国論』(共に講談社現代新書)などがある。

『父ガルシア=マルケスの思い出』さようなら、ガボとメルセデス
ロドリゴ・ガルシア / 旦敬介 訳
四六判、224ページ
愛する人たちの死について書くというのは、書くということそのものと同じくらい古い行為のはずだが、いざそれをするほうに自分が傾くと、即座にことばに詰まってしまう。メモを取っておこうと自分が考えていることにぞっとなり、恥じ入りながらメモを取り、メモを修正している自分を見損なう。情動的にかき乱される原因は、父が有名な人だったことにある。書きとめておく必要をおぼえる背後には、この野卑な時代の中で自分自身の名声を高めたいという誘惑が潜んでいるかもしれない。もしかすると書きたいという呼び声に抗して、謙虚に黙っていたほうがいいのかもしれない。謙虚なふるまいというのは、実のところ、僕の一番好きな虚栄の形態なのだ。しかし、書くということに関してよくあるように、主題のほうが書き手を選んでくるという面もあり、抵抗しても無駄なのかもしれない。
――本書より
ロドリゴ・ガルシア
1959年8月24日、コロンビアに生まれ、メキシコで育つ。映画監督、脚本家。父はノーベル賞作家のガブリエル・ガルシア=マルケス(1928-2014)。ハーヴァード大学で中世史を学んだ後、アメリカン・フィルム・インスティチュートへ。これまでに、10本を越える長編映画を監督している。脚本家、撮影監督、演出家としても活躍中。
旦敬介(ダンケイスケ)
1959年11月5日、名古屋生まれ。明治大学国際日本学部教授。翻訳家。ラテンアメリカ文学を専門とする。東京大学教養学部フランス科卒。2003年、明治大学助教授、2008年、同大国際日本学部准教授。2014年、『旅立つ理由』で第65回読売文学賞(随筆・紀行賞)受賞。著訳書多数。

『宝ヶ池の沈まぬ亀』ある映画作家の日記2016‒2020
青山真治
四六判変形、512ページ
映画を観る、映画を作る、音楽を聴く、音楽を作る、本を読む、文を書く
食べる、酒を飲む、旅をする、病に冒される、つまり生きる
『Helpless』『ユリイカ』『共喰い』『空に住む』などで知られる映画監督青山真治がコロナの時代を前に記した日付のない日記
翌朝も雨は降り続き、そんななかただ「ショットとは何か」で語られるグリフィスのことばかり脳裏に漂う。しかもあの『スージーの真心』の、男が村を出て行く別れの際に微笑みながら見送るリリアン・ギッシュが背を向けて庭の奥に歩いて行き少し離れた倒木の傍でバタリと泣き崩れる、いやもしくは気を失ったのかもしれないが、あのフィックスの1ショットについてばかりだ。あれを映画史上最も哀しくも美しいショットとして決して忘れることはないが、ここから何かを見つけなければならないと毎度考える。(本文より)
2016年4月から2020年8月まで、WEBマガジン「boidマガジン」に連載された日記を、加筆修正。日記は現在もboidマガジンにて永遠の「続く」を目指して続行中。
青山真治
1964年7月13日、福岡県北九州市門司に生まれる。立教大学文学部卒。
1996年『Helpless』で映画監督デビュー。2000年『EUREKA』がカンヌ映画祭で二つの賞を受賞。同作の小説版が三島由紀夫賞を受賞。11年『東京公園』でロカルノ映画祭金豹賞。その他の代表作に『月の砂漠』『エリエリレマサバクタニ』『サッドヴァケイション』『共喰い』など。2015年度まで四年間、多摩美術大学映像演劇学科教授。同学の卒業生、甫木元空監督『はるねこ』をプロデュース。制作会社「MINER LEAGUE」設立。2016年京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)映画学科の学科長を一年のみ務める。最新作は『空に住む』(2020年)。

増補版『沸点』ソウル・オン・ザ・ストリート
チェ ギュソク
加藤直樹 訳 / クォン ヨンソク 監訳・解説
A5判 縦210mm × 横148mm
200ページ
1985年ソウル。大学生になった元反共少年のヨンホは、軍事独裁に抗議する市民が虐殺された光州事件の真実を知り、民主化運動にのめり込む。
しかし、軍政下の韓国では強大な権力の前に、また北朝鮮を真に恐れる市民の前に、敗北続きとなり、ヨンホも投獄されてしまう。
1987年の民主化をなしとげた韓国の一人ひとりの群像劇を、新進漫画家のチェ・ギュソクが描きだす、異色の韓流コミック。
翻訳は、『九月、東京の路上で』などの著作がある加藤直樹。
2016年日本語版刊行後の南北朝鮮の状況を新たに解説し、また『沸点』をより深く読むためのシネマガイドなどを増補した一冊(本編は旧版と同一)。
チェ ギュソク
1977年韓国・慶尚南道晋州生まれ。祥明大学漫画学科卒。98年デビュー。おもな著書に『大韓民国原住民』『錐』などがある。2003年にはフランスのアングレム国際漫画フェスティバルに招待され、「卓越した感性をもつ漫画家」と評された。大韓民国漫画大賞優秀賞をはじめ数々の賞を受賞。
加藤直樹(カトウナオキ)
1967年東京都生まれ。出版社勤務を経てフリーランスに。著書に『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから)、『謀叛の児 宮崎滔天の「世界革命」』(河出書房新社)、共著に『NOヘイト!』『さらば、ヘイト本!』(共にころから)などがある。
クォン ヨンソク
1970年韓国ソウル市生まれ。一橋大学大学院法学研究科准教授。2003年一橋大学大学院法学研究科博士課程修了(法学博士)。ソウル大学、早稲田大学韓国学研究所で客員研究員を歴任。著書に『岸政権期の「アジア外交」』(国際書院)、『「韓流」と「日流」』(NHK出版)、訳書に李徳一著『イ・サンの夢見た世界』がある。

『クリエイティブサウナの国ニッポン』
こばやしあやな
A5判、176ページ
目を見張るようなサウナブームに沸く日本。その現象を一歩引いて観察すると、施設も、 過去の歴史も、マーケットも、そして愛好家も、活気とクリエイティビティに溢れている。本場の国フィンランドに暮らすサウナ文化研究家が、日本サウナのオリジナリティを徹底解剖し、すべての読者を熱いブームの舞台裏へと誘う新鮮な一冊。
目次
はじめに 世界が羨む、日本サウナの活気とクリエイティビティ
序章 いま、サウナにのめり込む日本人
1 サウナに夢中になる現代人、どんどん増加中
2 フィンランド・サウナと日本サウナの共通点と相違点
3 現代の日本サウナは、この四つの視点から読み解くと面白い!
一章 日本のクリエイティブなサウナたち
1 いまあるものを地道に磨く地元密着型
【File1】郷土の清水から名物娯楽を生み出した老舗スーパー銭湯 サウナ&天然温泉 湯らっくす(熊本県熊本市)
【File2】サウナと伝統銭湯のギブ・アンド・テイク 黄金湯(東京都墨田区)
2 一歩先の体験を開拓する独創型
【File3】霊山に佇む旅館がつくり出した幽玄のサウナ 御船山楽園ホテル らかんの湯(佐賀県武雄市)
【File4】大都会へのフィンランド・サウナ移植実験 ウェルビー & サウナラボ グループ(東京都千代田区、名古屋市、福岡市)
3 地域風土を活かすツーリズム型
【File5】キャンプ場に活気を招くテントサウナと滝壺水風呂 飛雪の滝キャンプ場(三重県南牟婁郡紀宝町)
【File6】人と自然と村の暮らしを紡ぎ合わせるログ造りサウナ ume,sauna(奈良県山辺郡山添村)
二章 蒸気浴文化の再発見とアップデート
1 知っておきたい日本サウナの進化史
column 1964年東京五輪:フィンランド・サウナ邂逅ミステリー
2 ツーリズムからグッズ販売まで:産業としてのサウナの可能性
三章 ブームを文化に押し上げる愛好家たち
1 SAUNA×MANGA タナカカツキ【マンガ家】鮮烈な表現で負のイメージを一新し、 若者にも女性にも間口を拡げる
2 SAUNA×MEDIA 柳橋弘紀【番組プロデューサー】あるがままを映像に収め、愛好家目線で施設のこだわりを発見する
3 SAUNA×DIGITAL サウナイキタイ【サウナ施設検索サイト】人それぞれの楽しみ方を応援する 数値評価から解放されたポータルサイト
4 SAUNA×HANDCRAFT たる/SAUNA HAT FACTORY【サウナハット工芸家】名刺代わりのサウナハットで、裸のコミュニケーションの背中を押す
5 SAUNA×ENTERTAINMENT 井上勝正【熱波師】プロレス出身の熱血エンターテイナーが、熱波の力で汗と涙を誘い出す
6 SAUNA×SUSTAINABILITY 大森謙太郎【園芸家】国産ヴィヒタ生産のしくみをととのえ、次世代の愛好家たちに森を託す
おわりに 持続可能なブームが、いつか文化になる
著者プロフィール
こばやし あやな(コバヤシ アヤナ)(著/文)
サウナ文化研究家。
1984年岡山県生まれ、大阪・神戸育ち。大阪大学大学院に在学中、フィンランド・ヘルシンキ工科大学(現アールト大学)建築学科に留学し、帰国後にフィンランド語の独学を始める。東京で雑誌編集者として働いたのち、2011年フィンランドに移住しユヴァスキュラ大学人文学部で芸術教育学を学ぶ。同時期に「Suomiのおかん」の屋号を掲げ、在住コーディネーター、ライター、通訳翻訳者としての活動を開始。「フィンランド公衆サウナの歴史と意義」というテーマで執筆した修士論文が話題になり、2016年に同大学院修士課程を首席で修了。卒業後に起業しコーディネート業務を続けるかたわら、サウナ文化のエキスパートとして、日フィン両国のメディア出演や講演活動、諸外国の浴場文化のフィールドワークを行なっている。2018年に著書『公衆サウナの国フィンランド』(学芸出版社)を出版。

『まほちゃん』
島尾伸三
タテ147mm×ヨコ204mm
96ページ、ハードカバー
(写真点数=ダブルトーン82点)
ブックデザイン:奥村靫正
夢中になっての歯磨き姿、お母さんと一緒のお昼寝など、まほちゃんが楽しく暮らしている日常。かわいいだけで終わらない、世代を問わずに読者それぞれが自分の生い立ちを思い出すきっかけになる写真集です。
「まほちゃん」とは、まんが家・エッセイストとしても活躍中のしまおまほさん。他にも、隣のかよちゃんをはじめ仲良しのお友達たち、母・潮田登久子さん、祖父・島尾敏雄さん、祖母・ミホさん、叔母・マヤさんなどが登場。
写真家である父・島尾伸三氏が淡々と記録した日常には、多くの人の心をなごませる不思議な力があります。文学・芸術家一家としての島尾家ファンはもちろん、誰にでも楽しめる写真集です。
島尾伸三(しまおしんぞう)
1948年7月7日、父・島尾敏雄、母・ミホの長男として兵庫県神戸市に生まれる。奄美大島で少年時代を過ごす。74年7月、東京造形大学造型学部写真専攻科卒業。75年からフリーの写真家として活躍。個展多数。78年、潮田登久子(写真家)と結婚、同年長女真帆誕生。すぐれたエッセイストであるとともに、夫人の潮田登久子氏との共同作業によるアジアについての著作も多い。現在、東京在住。著書に『生活』『季節風』『月の家族』など多数。最新刊は『東京~奄美損なわれた時を求めて』。
しまおまほ
1978年、東京生まれ。まんが家。2002年、多摩美術大学芸術学科卒業。高校2年の夏、授業中に配られたプリントの裏に書いた『女子高生ゴリコ』が反響を呼ぶ。現在は若者に人気のエッセイストでもあり、『H』『リラックス』『ロック画報』など雑誌を中心に多数連載を持つ。著書に『タビリオン』『ぼんやり小町』など。

『音楽のような本がつくりたい』編集者は何に耳をすましているのか
木村元
四六変型判 縦190mm × 横120mm
184ページ 上製
「音楽のような」本とは?
それは「コトバにならないハートを伝える」書物とでも云いましょうか…。
情報の伝達や蓄積には不向きな「紙の本」を介しての創り手/読み手の交歓
それをあらためて見つめ、問いかけるのが本書です。
好評重版『音楽が本になるとき』の端正でつつましやかなテイストを保ちつつ今回のエッセイ集には、社会への眼差・哲学的な思索が染みわたり、加えて「書物」愛や、「企画・編集」にかける情熱、そして「出版」への開けた視座そんなアクティブな語りがほとばしり出、読む者の胸に迫ります。
目次
序奏 上製本と文庫のどちらが偉い?
《ものをつくる ということ》
01 本棚と本棚のあいだ
02 農夫と一冊の本
03 日本語はカッコわるい?
04 名前の共同体
05 音楽は肯定する
間奏 Music matters.
《語られざる言葉に 耳をすます》
06 会議は長いほうがいい
07 音楽のリハビリテーション
08 好みと価値判断
09 作品の偶然と出会いの必然と
10 ベートーヴェンと「意志の音楽」
終奏 音楽は墓である
そして本は音楽となる―あとがきにかえて
前書きなど
「音楽“についての”本でなく、音楽“のような”本を」
会社を創業してから十四年が経ったいまも、そんな理想が実現できたかどうかはわからない。でも、その思いは年を経るごとに、いよいよ強くなっている。
本書は、音楽書籍をつくる編集者として、音楽について、本について、折々の関心事にことよせて綴った13篇の文章を集成したものである。
その意味で、2020年5月に出版した拙著『音楽が本になるとき』〔木立の文庫〕の続編ともいえるが、同書刊行の少し前から激しさをまし、1年数ヵ月が経ったいまなお出口の見えない状況の続く新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大が、とうぜんのことながら本書にも影を落としている。
コロナ禍はわたしたちの住む世界を一変させたが、もしかしたら、ずっと前から聞こえていた嵐の音が、誰かが窓を開けたことでいっきに激しくなり、意識に前景化されるように、耳をすましてさえいればもっと早く気づくことのできた変化だったかもしれない。
音楽やスポーツをコンピュータやテレビの画面越しに観ることが推奨される世の中で、本はどのように読まれているのだろうか。人との接触を極端に減らすことが要請される時代に、わたしたちは読者のどんな思いをあらみ汲みとりながら、本をつくっていけばいいのだろうか。
すべての書店がサイバースペースに置かれ、書店員がアルゴリズムで動くAIになり、本が完全にデジタル情報に置き換わってしまったとしても、いや、そんな時代が間近にせまっているいまだからこそ、たしかな体温をもつ読者の心に届き、かれらが自分自身の心の動きに耳をすますほどに、心が豊かな音楽に満たされる――そんな〈本〉をつくっていきたいという思いはいやますのかもしれない。
著者プロフィール
木村元(キムラゲン)
書籍編集者。株式会社アルテスパブリッシング代表。
1964年、京都生まれ。精神病理学者の木村敏を父にもつ。
滋賀県水口町~アルトルスハイム(西独ハイデルベルク近郊)~岐阜県高山市に暮らしたのち、小学校入学と同時に愛知県名古屋市に移住。中学時代にジョン・デンヴァーの音楽と出会い、作曲を志す。高校時代はクラブで合唱に打ち込むいっぽう、フュージョン・バンドでギターを担当。
上智大学文学部哲学科に進学を機に東京に定住。大学で合唱活動を継続するかたわら、学外のバンドでヴォーカル、ギター、キーボードなどを担当。さまざまな音楽ジャンルの作曲・編曲を独学。
1988年、株式会社音楽之友社に入社。一貫して音楽書籍の企画・編集に従事し、大中小の音楽辞典をはじめ、200点を超える音楽書籍を担当。会社員生活と並行してバンド活動、作曲活動を継続。コンピュータと多重録音機器をもちいて数多くの楽曲を制作。
2007年、音楽之友社を退職。元同僚の鈴木茂とともに株式会社アルテスパブリッシングを創業し、共同で代表取締役に就任。以来、音楽書を中心に出版活動を展開。「音楽書と人文書を融合。独自ジャンル創出」(『新文化』2017年6月15日号)と評される。
●学校法人国立音楽大学評議員、桜美林大学リベラルアーツ学群非常勤講師。
●著書に『音楽が本になるとき──聴くこと・読むこと・語らうこと』〔木立の文庫、2020〕がある。

『毛』生命と進化の立役者
稲葉一男
新書判、280ページ
私たちは、実に多くの生き物や自然、それらが作り出す環境に依存して生きています。そして、その生き物や自然はミクロの世界で支えられているのです。本書で伝える細胞の毛は、そんなミクロの世界が地球環境を育んでいることを知るきっかけを与えてくれます。このナノサイズの毛がどのような機能を持っているか、どのような構造をしていて、どのようなメカニズムで動くのか。また、この細胞の毛が生物の進化にいかに深く関わってきたのか。それらを知れば、きっと驚かずにはいられないでしょう。
(「はじめに」より)
目次
第1章 孤独な戦士「精子」
第2章 体内の毛なしに生きられない
第3章 毛のルーツは生命のルーツ
第4章 美しいナノ構造のひみつ
第5章 波打つ仕組み
第6章 細胞の毛は環境問題につながっている
稲葉一男(いなばかずお)
1962年、山梨県生まれ。筑波大学下田臨海実験センター教授。静岡大学理学部生物学科卒業。東京大学大学院理学系研究科相関理化学専攻修了。理学博士。東京大学助手、東北大学助教授を経て現職。30年以上、三つのマリンステーションで研究・教育に従事。マリンステーションの国際連携にも長年取り組む。専門は細胞生物学、生殖生物学、海洋生物学。趣味は釣り、自然・天体観察、写真撮影、山菜採り、料理など。共編著に『Japanese Marine Life -A Practical Training Guide in Marine Biology』(Springer)などがある。

『知性は死なない』平成の鬱をこえて 増補版
與那覇潤
文庫判、400ページ
「知」を愛するすべての人へ
「うつ」でも大丈夫だよ。
どんなに「できること」を失っても必ずまた一緒にやっていける。
研究者として最盛期を迎えていた30代の半ばに、重度の「うつ」で言葉の読み書きができなくなった著者は、いかに知性を取り戻し、しかし大学を去ると決めたのか。
能力主義の限界を超える、新しい社会の見取図はどこにあるのか。
平成の「反知性主義」を検証し、疫病の令和で孤立する人を励ます真摯な一冊。
與那覇潤
1979年生まれ。東京大学教養学部卒業。同大学院総合文化研究科博士課程修了、博士(学術)。当時の専門は日本近現代史。2007年から15年にかけて地方公立大学准教授として教鞭をとり、重度のうつによる休職をへて17年離職。
歴史学者としての業績に『翻訳の政治学』(岩波書店)、『帝国の残影』(NTT出版)。在職時の講義録に『中国化する日本』(文春文庫)、『日本人はなぜ存在するか』(集英社文庫)。対談形式の共著に『「日本史」の終わり』(PHP文庫。池田信夫氏と)、『日本の起源』(太田出版。東島誠氏と)、『史論の復権』(新潮新書。7名との対論集)。ほか、寄稿した論文集等多数。
2018年に病気の体験を踏まえて現代の反知性主義に新たな光をあてた『知性は死なない』(文藝春秋)を発表し、執筆活動を再開。2020年、斎藤環氏との共著『心を病んだらいけないの?』(新潮選書)で小林秀雄賞。

『日本のインド・ネパール料理店』
小林真樹
四六判、480ページ
日本におけるインド料理店、ネパール料理店、そしてインド・ネパール料理店。知りたかったすべてがここにある。
最近は日本にも定着した感のあるインド料理店。そこで働いているスタッフにネパール人が多かったりすることも少しずつ知られてはきており、 そういったお店は「インド・ネパール料理店」などと呼ばれたりもしています。 さらに既存のインド料理店や在日ネパール人の増加に比例するように増えているネパール料理店。 これら料理店について、どのような経緯でそうなったのか、また、お店によってどのようなメニュー構成なのかなどを著者の小林真樹氏が北は北海道の稚内から、 南は沖縄の宮古島まで実際に訪れてその料理を食べて、スタッフにお話を聞き、それらを詳細に記録した食文化論であり、紀行エッセイでもあります。
小林真樹(こばやしまさき)
東京都出身。インドを始めとする南アジア各地の食器、調理器具を輸入販売している有限会社アジアハンター代表。南アジア料理に関する造詣が深く、日本人だけでなく外国人からも新規開店の相談、食器の手配相談を受けるなど絶大な信頼がある。既刊に『日本の中のインド亜大陸食紀行』(阿佐ヶ谷書院)、『食べ歩くインド』(旅行人)がある。

『マルグリット・デュラスの食卓』
マルグリット・デュラ / 樋口仁枝 訳
四六変型判 縦179mm × 横131mm
68ページ
デュラスの愛した料理、そして人生――息子ジャン・マスコロが編み、紆余曲折をへて日の目を見た幻のレシピ集、待望の邦訳!
料理好きのデュラスがノートに書きつけていたレシピの数かず。日々の暮らしのなかで、「書くこと」と同じくらい「創る人」であり続けたデュラスの、みずみずしい感性と気どらない素顔が、生前のインタビューや小説の言葉とともに浮かび上がる。
マルグリット・デュラス
仏領インドシナのサイゴン近郊で生まれる。『太平洋の防波堤』で作家としての地歩を築き、『愛人(ラマン)』はゴンクール賞を受賞、世界的ベストセラーになる。脚本・原作の映画『ヒロシマ・モナムール(24時間の情事)』、『モデラート・カンタービレ(雨のしのび逢い)』、『かくも長き不在』は世界的にヒット。小説・脚本を兼ねた自作を映画化し、『インディア・ソング』、『トラック』など20本近くを監督。つねに新しい小説、映画、演劇の最前線にたつ。
第2次大戦中、ナチス占領下のパリでミッテラン等とともにレジスタンスに身を投じ、戦後も五月革命、ヴェイユ法(妊娠中絶法改正)成立でも前線にたち、20世紀フランスを確実に目に見える形で変えた〈行動する作家〉。
樋口仁枝(ヒグチヒトエ)
東京教育大学卒業後、ベルギー政府給費留学生としてルーヴァン大学に学び、帰国後、カリタス女子短期大学で仏語圏文化論担当教員として勤務。著書に『ジョルジュ・サンドへの旅』(いなほ書房)、共編訳に『フランス民話の世界』(白水社)、翻訳に『花たちのおしゃべり』(ジョルジュ・サンド著、悠書館)などがある。

『風景との対話』
東山魁夷
四六判変型、300ページ
国民的画家の珠玉のエッセイ!
故郷の陰翳深い風光に啓発され、自然との対話の中に自己の天職を見出し、新しい芸術を生み出した日本画壇の異才が心の遍歴をたどり、真の日本の美を探る。沁みとおるような気持ちが味わえる1冊。
東山魁夷(ヒガシヤマカイイ)
1908-1999年。横浜市生れ。東京美術学校日本画科卒、研究科修了。ベルリン大学哲学科美術史部中退。研究科では結城素明に師事。1947年日展で「残照」が特選・政府買い上げとなり、1950年日展出品の「道」で大きな評価を受けた。1956年「光昏」により芸術院賞受賞。1969年毎日芸術大賞受賞、文化勲章受章。1968年皇居新宮殿壁画、1981年唐招提寺御影堂全障壁画を完成。『わが遍歴の山河』『風景との対話』など多数の画文集がある。

『鉄分強壮薬』
エドワード・ゴーリー / 柴田元幸 訳
A4変型判 縦130mm × 横218mm
40ページ
細密な線画で淡々と描かれる寂しげな冬の谷の風景。随所に出現するクローズアップ。ゴシックかつクラシカルな雰囲気で、何が起こっているのかと想像力を掻き立てるダークな一冊。
エドワード・ゴーリー
1925年シカゴ生まれ。独特の韻を踏んだ文章とモノクローム線画でユニークな作品を数多く発表。おもな邦訳に『うろんな客』『ギャシュリークラムのちびっ子たち』など。2000年没。
柴田元幸(シバタモトユキ)
1954年東京生まれ。翻訳家。『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞、ピンチョン『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞。オースター『ムーン・パレス』、ミルハウザー『ホーム・ラン』など訳書多数。

『今日よりもマシな明日』文学芸能論
矢野利裕
四六判、258ページ
「群像」誌上に発表し、話題となった傑作文芸批評をまとめた試みの作家論集。
序論 町田康論 いとうせいこう論 西加奈子論 ほか小山田圭吾、みうらじゅんにも言及。
「自分ならざる者を精一杯に生きる」“今日よりも少しはマシな明日を迎えるために”
――《芸能》の核心は、この「ウソ/本当」の二分法を貫く、一生懸命で心を込めたいとなみに宿っている。このような意味において、小説もまた《芸能》のいち形態である、と言える。小説もまた、音楽や映画や漫画といった他の表現と同様、ここにはない喜びを、悲しみを、憎しみを、愛しさを現前化しようとする。
小説とは、わたしたちが生きる日常とはまったく異なる出来事が上演される場所だ。作中人物たちはゆたかな世界を演出すべく、小説の舞台を動きまわり、読者の気を引こうとする。そして、彼らの行動を追い、彼らに感情移入さえする読者は、ほんのつかのま、読書行為を通じて、普段の自分とは違う何者かになる。もしかしたら、読むまえと読んだあととでは、世界が一変しているかもしれない。すぐれた《芸能》とはおうおうにして、そういうものだ。
大事なことは、《芸能》の世界が少なからず、現実の世界なり社会なりと異なっている、ということだ。逆に言えば、現実の社会を追認するような《芸能》は物足りない。退屈な社会を生きるわたしたちが、ほんのひとときでも、《芸能》に触れて日常から抜け出す。その逸脱による解放的な喜びこそ、明日以降を生きるための活力となるのだ。
いち生活者の僕は、だからこそ、小説を読む。だからこそ、音楽を聴く。明日以降の生活を少しでもマシなものにするために。――(本書序論より抜粋)
著者プロフィール
矢野利裕(ヤノトシヒロ)
1983年東京都生まれ。批評家、DJ、教育者でもある。2014年「自分ならざる者を精一杯に生きるーー町田康論」で第57回群像新人文学賞評論部門優秀作受賞。著書に『コミックソングがJ-POPを作った』(P-VINE)、『ジャニーズと日本』(講談社現代新書)、共著に大谷能生・速水健朗・矢野利裕『ジャニ研!』(原書房)、宇佐美毅・千田洋幸編『村上春樹と二十一世紀』(おうふう)など。

ABR下段

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